プレゼント 〜1〜 井之口side


 明日、7月9日は、磯田未央の誕生日だ。
 井之口はこれまで磯田に誕生日プレゼントを贈ったことはなかった。磯田からももらったことはない。そもそも誕生日などの個人情報は公式には伏せられているから、本人に尋ねなければ普通は知らないものだ。
 7月9日が磯田の誕生日だということは、実は裏から手を回して調べた。といっても磯田の実家に電話をして彼女の母親に聞いただけだが、そういう用件で恋人の家族に電話をするのは意外と勇気がいるものだ。
 井之口にとっては初めて付き合った相手の初めての誕生日なのだから、何か喜ぶものをプレゼントしたい気持ちはやまやまである。しかし、アクセサリーにしても洋服にしても磯田の趣味は井之口とは真逆で、どんなものを好むのかまったく見当がつかない。もちろん普段愛用しているものは知っているが、普段使いのものを贈るというのも芸がないような気がする。
 磯田のことだから、何を身に着けたとしてもそれなり以上に似合ってしまうのだろうし、喜んでもくれるだろうが、井之口は自分の趣味で適当に選んだものを押し付ける気持ちにはなれなかった。
 だから、サプライズなどというまどろっこしいことはせずに、直接本人に聞いてみることにした。

「未央、何か今欲しいものある?」
「何、急に……」

 不思議そうな顔がすぐ悪戯っぽく変わるのを見て、井之口は、尋ねるタイミングを間違えたことに気づいた。なぜ深夜にベッドの中で聞いてしまったのだろう。
 井之口は全力で、"これ、これ"と伸ばされる磯田の手をかわした。

「そういうことじゃなくて!! 明日、誕生日じゃん」
「知ってたの?」
「うん。お母さんに電話して聞いた」
「へえ!」

 磯田は意外そうだったが、やはり嬉しそうだった。こんな単純なことでも、磯田に少しは恩返しができたようでほっとする。

「で、プレゼント何がいい?」
「うーん………。夕子」

 長い間悩んでいるのを待った挙句の回答に、井之口は溜息しか出なかった。

「それ以外」
「えー、ないよ。思いつかない」
「それじゃ困る」
「ほんとに何もいらないよ、一緒にいてくれればいい。家でおいしいご飯とケーキでも食べよう?」

 井之口は頷くしかなかった。磯田がそうしたいと言うのなら、そうするしかない。明日の夜は家にいること、それだけは確実にしておかなくては、と胸の奥に書き留めた。



プレゼント 〜2〜 磯田side


 夜が明けて、7月9日がやってきた。
 磯田は、単独のテレビの仕事が終わって家に帰る途中、普段は行かない高級スーパーに寄って、値段は気にせず食料品を購入した。ケーキは井之口が稽古帰りに買ってくることになっている。

「ただいまー」
「おかえり、未央」

 珍しいことに、ダイニングの明かりは消されていて、開いたカーテンの向こうに代々木方面の夜景が見えた。テーブルの上には家じゅうのグラスキャンドルがまとめて置かれ、全部に火が灯っている。そして、まるで子供の誕生日のような可愛らしいホールのショートケーキと、シャンパングラスと皿とフォークがきちんとセッティングされていた。薔薇を生けた小さな花瓶まで飾ってある。

「うわあ、嬉しい! ありがとう。ほんとに誕生日パーティーだね」

 井之口はなぜか俯いたまま無言でダイニングの椅子に座った。

「夕ご飯すぐ作れるけど、もったいないから先にケーキ食べちゃう?」
「……うん」

 黄金色の泡立つシャンパンで乾杯をし、井之口が不器用な手つきで切り分けてくれた大きなケーキを皿に乗せ、いただきますとフォークを手に取る。

「おいしい!」

 なぜか照れているらしい井之口を肴に飲むシャンパンも、シンプルなイチゴと生クリームのケーキも、お世辞ではなく美味で、磯田は心の底から幸せな誕生日だと思った。
 だが、その幸せにはさらに上があったのだ。
 あらかた食べ終えた頃、ずっと無口だった井之口が重い口を開いた。

「……未央……、あげる……」
「何? もしかして、プレゼントまで用意してくれたの?」

 男役らしくポケットから小さな箱でも取り出すのかとわくわくしながら尋ねると、井之口は、酒では決して赤くならない顔を真っ赤にして言った。

「未央が、欲しいって、言ってたから……」
「え?」

 自分がプレゼントに何をリクエストしたのか、磯田は覚えていない。それもそのはず、何も具体的なものは挙げていなかったからだ。……いや、ひとつだけ、言った。
 夕子、と。

「ほーんとに〜!?」

 こっくり頷く井之口を前にして、ケーキなど食べている場合ではない。磯田はフォークを置いて皿を脇によけた。

「今すぐもらってもいい?」

 飢えていると思われたって構わない。
 井之口は信じられないほど繊細で、いつまでたっても、怯えと緊張と羞恥をなくすのに長時間なだめすかしてやらなくてはならなかった。もちろん、最初に無理やり襲って恐怖心を植え付けてしまった自分が悪いのはわかっている。ついでに、相手が何も知らないのを利用して好き放題やっているのがもっと悪いのも。
 その井之口が自分から誘っているのである。据え膳というのはまさにこのことだ。
 だが、目をらんらんと輝かせている磯田に怖気づいたのか、井之口は素早く首を振った。

「だめ、後で」
「あー。今、やっぱりやめとけばよかったって思ったでしょ。それじゃプレゼントの意味ないじゃない」

 井之口は図星を指されたらしく、ムキになって言い返してきた。

「思ってないよ! 今日は未央の誕生日だろ」
「ありがとう。すーっごく嬉しい。世界で一番好きなものを誕生日にもらえるんだもんね」

 わざとにっこりしてやると、井之口は斜め下に目をそらして小さな溜息をついた。

「……ろうそく、消して」

 磯田はテーブルの上に身を乗り出してキャンドルの火を端からすべて一気に吹き消した。


おわり

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