花ものがたり ―百合の章・おまけ―

【小早川茜side】

 花水木歌劇団入団5年目にして、なんとこの私・小早川茜に究極のモテ期が訪れた。
 実は、主席入団だったこともあって、松団に入ってわりとすぐに声をかけていただき、10年も先輩の男役さんとペアを組んでいたんだけど、手取り足取りすべてを教えてくださったその方は一年前にご結婚されて退団されてしまった。当時は一週間泣きどおしだったけど、今ではすっかり立ち直った…つもり。
 でもさすがにすぐに次の人を探すことはできなくて、切り替えが遅いタイプの私は、フリーだからって別に焦るわけでもなく、誰と組もうかなんて考えが浮かぶわけでもなく、ただボーッと過ごしていた。
 そんなある日の朝に、事件は起こった。

「小早川茜!」
「はいっ!?」

 滑舌のいい中低音の声が食堂に響き渡り、私はド緊張してカレーのスプーンを持ったまま直立不動になった。このきっぱりした美声は、わが松団の準トップ・小柴広海さん…!
 つかつかと歩み寄ってくる小柴さんの勢いに押されて固まっていたそのとき、後ろからぽんと肩をたたかれた。

「うわっ!?」
「ごめん、驚かせちゃって。茜ちゃん、ちょっといいかな」

 うわ、うわわわ、みんなのプリンス赤星麻矢さんだ!こんな近くで顔見たの初めて。背が高いなあ…それにめちゃめちゃ色が白くて美人…。

「は、はい…」
「小早川、私のほうが先だから」

 あ、まずい、小柴さんがいらっしゃるのに無視して赤星さんに返事をしてしまった感じになってる!?
 焦りが思いっきり顔に出てしまった私を気遣うように、赤星さんは優しく小柴さんをたしなめた。

「後輩を困らせちゃだめでしょ、広海」

 周囲の視線もだんだん気になってきた。やだなあ、今日に限って寝坊して髪型手を抜いて来ちゃったよ…。同期でそれぞれが違うカラーで活躍して人気を二分してるスターさん二人の間に挟まれるなんて、今年の運を使い果たしたかもしれないぐらい滅多にないことなのに…。

「じゃあ麻矢から言えば? 私は次でいい」
「さすが、余裕だね。ではお言葉に甘えて」

 そう言うと赤星さんは私に真剣な瞳を向けた。かっこよすぎて動悸が止まらない…なんで今日の朝食、カレー選んじゃったんだろう? 私カレー臭くないかしら…。

「茜ちゃん。…いきなりだけど、私とペア組んでくれないかな」
「はいじゃあ次は私ね!」

 言われたことの意味も理解できないうちに割り込んでくる小柴さん。
 っていうか、ペアって…!? 私が、赤星さんと!?

「小早川。私とペアになってほしい。私と組んだら次のトップ娘役は小早川に決まりだよ」
「ちょっと、汚いことするなあ…」

 トトト、トップ娘役…!?なんの話ですか!?
 もう、コンタクトが零れ落ちそうなくらい目を見開いちゃってる。驚いたとき目がまん丸になるのが私の癖なの…。

「あ、あの、どういうことでしょうか?」

 何かの罰ゲームに巻き込まれた気しかしなくて、お二人をかわるがわるに見上げていたら、救いの神のような聞きなれた声がした。

「茜〜! ここにいたんだ。ちょっと話聞いてよぉ…」
「よっしー!」

 我が同期でとんでもなくマイペースな甘えん坊系男役のよっしーこと吉田翔子が話しかけてきた…のはいいんだけど、先輩二人が先に話してるっていうのにそのマイペースは相変わらずだな!

「あっち行ってろ」
「今茜ちゃんと大事な話してるから、後にして」
「私だって茜と大事な話があるんです!」

 よっしーは一歩も引かずに逆にお二人の間に長身を割り込ませてくる。そんな姿、初めて見るんだけど…!? ちょっとかっこいいよ!? なんて、何考えてるんだ私…。

「茜、一生のお願い! 助けると思って私とペア組んで!」
「ええっ、よっしーまで? 晶さんはどうしたの? …あの、ちょっと、どういうことなんですか? 私、からかわれてます?」

 三人の男役さん、しかもそのうち二人は松団で一番目と二番目に背が高い男役さんに囲まれて、私はキラキラのオーラに溺れそうになりながら必死に聞いた。でも小柴さんも赤星さんもよっしーも、冗談でした〜!なんてネタばらしをしてくれるだろうという私の予想を完全に裏切ってきた。

「からかってない。本気だよ。私とペアを組んで、近い将来一緒に松団のトップコンビになってほしい」
「私も本気で茜ちゃんと組みたいと思ってる。世界一幸せな娘役さんにするから。茜ちゃんの気持ちに素直に従っていいんだよ」
「私だって本気だよ! 気心知れてて信頼してペア組める相手、茜しかいないんだもん…お願い…」

 ちょっとちょっと…どうすればいいの!? 選べるわけないよ。誰を選んだってきっと後悔するし、あとの二人に申し訳なさすぎるし、もともとこの三人のなかの誰かと組みたいって思っていたわけでもなかったから決め手がないし。…なんてこと言ったら団の中の三人のファンには殺されそうだけど…。

「…あの、私、一年目から瀬尾みゆきさんと組ませていただいてて、大好きな相手役さんで、退団されてしまったんですけど今でも好きで…、だから…」

 しどろもどろになってとりあえず保留したい気持ちを伝えようとしたら、さらに畳みかけられてしまった。

「知ってるよ。だから今までフリーだったんでしょ」
「思い出は大切にしてていいんだよ」
「だけどそろそろ次の相手も考えてみてよ〜」

 どうしよう困った。困った困った…!
 泣きそうになっていたところに、最高のタイミングで助け舟がやってきた。

「そこ、何やってるんですか? 後輩の娘役囲んでいじめるなんてみっともない真似やめてください。泣きそうになってるじゃないですか」

 厳しくてドライな声は、松団一の夢女製造機と言われているクール系娘役の井筒晶さんだ! ああ、助かった…。
 そう思って振り向いた瞬間、私は小さく叫んでしまった。
 だって、いつもストレートの黒髪ロングヘアをなびかせていた晶さんが、薄いブロンドの少年のようなさらさらなショートヘアになっていたから。そして、黒いシャツに黒いゆったりとしたスラックス姿で超ウルトラスーパーかっこよかったから…!!!

「晶さん…!?」

 見惚れてしまって声も出ない私に、晶さんは口紅を塗っていない淡いベージュの唇を少しだけゆがめた。

「今日から男役に戻ったから、よろしく」
「ええっ!? あ、はい、こちらこそ、よろしくお願いします…!」

 勢いよくぺこぺこ頭を下げる。事情はよくわからないけど、男役の晶さんと踊ったりお芝居したりするの、めちゃくちゃ楽しみだわ…!
 私を取り囲んでいた三人の男役さんたちも、晶さんの男役姿に興味を奪われたみたいで、意識が逸れたのがわかった。私はチャンスとばかりに失礼しますと間をすりぬけてカレーの皿を下げに走った。
 すると、背後から晶さんが追いかけてくる。香水も変えたらしくて、いつもつけていたエキゾチックな香りから、中性的なレザーの香りに変わっていた。ううっ、やばいくらい好みなんですけど…。

「茜、今時間ある? 私のアクセサリー形見分けするからロッカーに来てくれない?」
「はい! 伺います!」

 有頂天で晶さんのロッカーに向かった私は、背後で三人が(取られた…!)と悔しがっていることにまったく気が付いていなかった。


終わり

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