夢と魔法の女子会


「ああ、お腹すいた!」
「たくさんお買い物したら疲れちゃいましたね」
「そろそろご飯にします?」

 梅団の後藤舞、松団の大貫優奈、そして竹団の久米島紗智は、戦利品を抱えてテーマパーク入口のショッピングモールを抜け、ベーカリーに併設されたオープンカフェのテーブルに陣取った。
 後藤はネズミの耳、大貫はウサギの耳、久米島はシルクハットを模したカチューシャを付けて、すっかり夢の国の住人になりきっている。
 今日は十一月の最後の月曜日。
 竹団の千秋楽を数日後に控え、来月からはいよいよ合同公演の稽古が始まるという時期だ。
 花水木歌劇団が誇る三人のトップ娘役の中でいちばん先輩である後藤は、他の二人を誘って、合同練習前の顔合わせと称して海の近くのテーマパークに遊びに来ていた。

「優奈ちゃんって、ほんとイメージ裏切らないよね」

 後藤は、ウサギの耳を傾けながらホイップクリームの乗ったデニッシュの端をかじる大貫をつくづく感心しながら眺めた。長いまつげもふんわりとピンク色になった頬も、男役あがりの後藤には逆立ちしても真似できない、百パーセント女の子という風情である。

「そうですか? 舞さんも、舞台そのままのさっぱりしていて格好良い方だなって思いますけど……」
「私たちをエスコートしてくださいますもんね」
「うん、頼もしいよね」

 にっこりと微笑み合う大貫と久米島は、まるで姉妹のようである。今日は両手に花だな、と娘役としてはややオヤジ臭い感想を抱きながら後藤はまぶしげに二人を眺めて楽しんだ。そんな後藤の内心を知ってか知らずか、二人は女の子トークを繰り広げている。

「優奈さん、その花柄のワンピどこで買ったんですか?」
「これはねぇ、地元のスーパー」
「ええっ、すっごい可愛いです。ああ、でもきっと優奈さんが着てらっしゃるからですよね」

 そう言う久米島も、テーマパークのキャラクターにちなんで髪の毛を二つのお団子にまとめ、赤と黄色のタータンチェックのワンピースを着ている。シルクハットもよく似合い、まるでアイドルがポスターから抜け出したようだ。

「舞さんのワンピースもすごく可愛いですよね。足が長いのが映えて」
「普段ワンピースとか着ないから恥ずかしいんだけど、未央さんが買ってくれたから仕方なく……」

 後藤は何気なく説明したのだが、二人はキャーッと口に手を当てながら思いきりキラキラした瞳で身を乗り出してきた。

「磯田さんってお洋服買ってくださったりするんですか?」
「もしかしてご一緒にお買い物に行かれたんですか? いいなあ、『俺色に染まれ』っていう感じですよね!」

 二人のあまりの食いつき方に、後藤はたじたじとなってしまった。ほんの数か月前まで男役で、周りの女子から騒がれる立場だった後藤には、二人がそこまで盛り上がれる理由がいまいち理解できない。大体、磯田に服を買い与えられたことも、後藤にとっては怒られたのと同じなのだ。

「そんなに特別なこと?」
「特別ですよ。才原さんは、好きなもの着ればいいからって全然取り合ってくださらないし、こういうのを着て欲しいとかも全然おっしゃってくださらないし……」
「愛さんなんて、私が何を着てても、たぶん見てもいないんです。それに比べて……、本当に素敵な相手役さんですね」
「舞さん、愛されてますね」

 可愛らしい二人にそこまで言われると、後藤も次第に気分が良くなってきた。相手役のことを褒められるとどんどんテンションが上がっていくのを感じる。これが娘役特有の感覚というものなのだろうか。 後藤は照れ隠しに笑った。

「そうかなあ、娘役になってまだ日が浅いから実際怒られてばっかりなんだけどね。それはそうと、これ、いつ渡す?」

 後藤は大きな紙袋を軽く持ち上げた。中には、綺麗にラッピングされた細長い箱が三つ入っている。
 それは、三人で選んだ各団トップスターへのお土産だった。それぞれの所属の団カラーに合わせた、才原には深緑色、戸澤には芥子色、磯田には臙脂色のキャラクター柄ネクタイである。お土産をこれに決めるのに、九時頃に入場してお昼までかかってしまったのだ。

「せっかくだからイニシャルとか刺繍しません?」
「……刺、繍……?」
「素敵! さっちゃんナイスアイデア!」

 大貫が喜んでいるところを見ると、娘役の間ではプレゼントに刺繍をすることは割とポピュラーなようだ。言われてみれば後藤も以前娘役から刺繍入りの白いハンカチをもらったことがあったが、まさか本人が刺したとは思っていなかった。
 その程度の認識だから、当然、後藤に刺繍などできるわけがない。

「ごめん、私刺繍ってやったことないんだけど……」

 やんわりとやめようよというニュアンスを込めてみたが、大貫はにっこりと可愛い笑顔で答えた。

「じゃあいっしょにやりましょ、寮の私の部屋で」
「あっ舞さん優奈さん、私もご一緒していいですか?」
「うん、もちろん」

 あっという間にそういうことにされてしまい、後藤はこれも娘役修行と覚悟を決めるしかなかった。
 楽しそうにはしゃぐ二人の姿を見れば、先輩とはいえ何も言えなくなってしまう。松団の才原や竹団の戸澤は、よくこんな可愛らしい二人を冷静にあしらうことができるなと改めて感心せざるをえない。

「そのネクタイ、ファンミのときとかに三人お揃いで締めてくれたら嬉しいよね」
「うわぁ、絶対可愛いと思います。愛さんにお伺いしてみますね」

 そう言うなり久米島は小さなポシェットからオレンジ色の携帯電話を取り出してメールをし始めた。大貫は目をまるくしてその手元を覗き込んでいる。

「さっちゃん、戸澤さんにメールしてるの?」
「はい、いつもしますよ。愛さんのメール、可愛いんです。絵文字がいっぱい入ってて」
「へぇ、意外」

 ものぐさそうなのに……と思わず出かかったのを飲み込んだ後藤だったが、本当はその返信は金子が代筆しているということなど知る由もない。
 すると、大貫が眉をへの字にして深く息をつき、驚くべきことをぼやいた。

「いいな。私、才原さんのメールアドレス知らないんです」
「うっそ! 訊きなよ! 連絡できないと困ることあるでしょ?」
「えーっ無理です。絶対何かひとこと言われちゃいますもん。私きっとストーカーっぽいって思われてるし」
「どうして?」
「才原さんのこと好きすぎるから」

 真剣に溜息をつきながら相手役に対する乙女チックな悩みを打ち明ける大貫を見て、後藤は感動すら覚え、少し反省もした。
 後藤にとって磯田は、常に自分より少し前を行く目標であり、いつかは追いつかなくてはならない存在だった。あんな風になりたいとギラギラした目で見つめていた時間が長すぎて、相手役になった今でも微妙なライバル心が捨てきれない。
 後藤は頬杖をついて大貫と久米島を眺めながら、ついぽろりと迷いを口に出してしまった。

「……ねえ、どうしたら二人みたいに娘役らしくなれるの?」

 二人はウサギの耳とシルクハットを傾けて顔を見合わせた。

「えーっ」
「さあ……?」
「どんなことでもいいから教えてよ」
「私は特に何にも……。好きなもの着て好きなもの食べて、お稽古場でも言われたとおりにしているだけですし……」
「普通の女の子でいればいいんじゃないですか?」

 二人の無邪気な答えを聞いて、後藤は悟った。
 結局、愛される娘役の秘訣は『天然』もしくは『素直』ということなのだと。

おわり

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