ファンミーティング


 「才原さん、私、あのコーナー続けてもいいんでしょうか?」

 どんなに瀬尾と相談しても埒があかなかったので、大貫は直接トップに聞いてみることにした。
 あのコーナー、というのは、松団ファンミーティング恒例の『みゆきと優奈のお悩み相談室』コーナーのことである。
 舞台の上に中学校の三者面談のような机と椅子のセットを置き、悩める劇団員をゲストに呼んで瀬尾と大貫が解決策を提案するという十分ほどのコーナーだ。真面目な内容で終わるときもあれば、とんでもないふざけた解決策が提案されるときもある。松団の団員だけではなく、時には、他の団の団員がわざわざ相談に来たりするスペシャルバージョンもあって、ファンの間ではかなりの人気コーナーだった。
 だが、大貫はこの公演からトップ娘役に就任したので、前にペアだった男役、いわば元彼と組んでいたコーナーを続けても良いのか、観客に大笑いされるような発言をしてしまっても品位を落とすことにならないか、などと考えてしまい、他の娘役にバトンタッチすべきか迷っていた。
 しかし、訊かれた才原は舞台化粧を落としながらげらげらと笑った。

「やったらええやん、ファンの方たちきっと大貫のボケ楽しみにしてるで」
「…………」

 大貫にボケている自覚はない。
 今は『ブラン・ニュー』『雪之丞変化』の千秋楽が終演したばかりだ。出演者たちはこれから普通のメイクとスタイリングをしなおして、先ほどと同じ舞台の上でファンミーティングを開催する。
 ファンミーティングのプログラムは団によってかなり違うが、公演のいくつかのシーンのパロディや、かくし芸の披露、ファンからの質問に答えるコーナー、私物やサインのプレゼントなど、劇団員自身が企画して工夫をこらした内容になっている。

「それじゃあ、お言葉に甘えて今までどおりやらせていただきますね」
「うん。……あ、そや。今日はもう誰がゲストか決まってんの?」
「いいえ、まだ決まってませんけど、何か?」

 大貫がふわふわと髪を揺らしてのんきに首をかしげると、才原は鏡越しに不吉な笑みをよこした。

「ほな、私が出るから。二人に相談したいことあんねん」

「みゆきと」
「優奈の」
「お悩み相談室〜!」

 わき起こった拍手が、舞台袖から白いパンツスーツを着た相談者が姿をあらわしたとたん、倍に膨れ上がった。観客ひとりひとりの表情が、才原を見ていっせいにきらきらと輝く。
 さすがはトップスターだな、などと大貫はこの期に及んでのんびり感心していた。

「本日の悩める子羊は、今回の公演より松団トップ男役に就任いたしました、才原霞です!」
「才原です、どうも。先生座ってもいいですか?」
「どうぞおかけください」

 わざとらしいほど太い黒ぶちの眼鏡をかけてなぜか白衣を羽織った瀬尾みゆきが、才原と大貫に椅子をすすめる。大貫はミニの看護婦さんコスプレ用ワンピースの裾に気をつけながら椅子に浅く腰かけた。司会はほとんど瀬尾が担当し、大貫は、話をふられたときだけ答えればいいことになっている。もちろん台本などはなくぶっつけ本番だ。
 それにしても、才原は自分からこのコーナーのゲストに出たいと言い出したが、大勢のファンの前でいったいどんな相談をするつもりなのだろうか。

「才原さん、本日はどういったお悩みですか?」
「実はな、最近、新しい相手役が出来てんけど……」

 そのとたんコンビ誕生を祝う暖かな拍手が起こり、同時に大貫はようやく「あっ」と思った。

「おめでとうございます」
「……おめでとうございます……」

 大貫が瀬尾の後から小さな声で言ってお辞儀をすると、ざわめくような笑い声が沸き起こった。

「その相手役がな、ほんまにちょっとした事で、すぐ泣くねん」
「ああ……」

 瀬尾に、これは言われてもしょうがないなという顔で振り向かれ、大貫は焦りまくった。公の場で何と情けないことをばらすのだろう。しかも、才原はチラリチラリと大貫に視線を送ってくる。大貫は顔も上げられずに赤くなっているしかなかった。

「どないしたらええと思う?」
「そうですねえ……」

 頭のいい瀬尾は、余計なことは言わずにすぐに大貫に振った。

「優奈、ここは女の子のほうが気持ちわかるんじゃないかな。あ、私も女の子ですが、一応」
「はい、ええっと……」

 大貫は一生懸命に才原の顔を見ようと努力した。客席から忍び笑いが漏れて劇場全体が何とも言えない期待に満ちた空気になっているのにもまったく気づいていない。

「あの……、泣くのは仕方がないと思うんですよ。彼女にもいろんな思いがあると思うので……」
「ふうん、そうなんや。さすが看護婦さん、女心がよう分かってるなあ」

 腕組みをする才原に、観客が耐えきれなくなったようにどっと笑った。大貫は必死で言葉をつなぐ。とにかく何らかの解決策を提示しなくては、コーナーが終わらない。

「ですから、泣いてしまうのは仕方がないので、そのあとに才原さんがしっかり慰めてあげたらいいと思うんです!」

 大貫は覚悟を決めてきっぱりと言いきった。
 隣の瀬尾は眼鏡を外して涙を拭きながら爆笑しているが、才原は腕組みをしたままニヤニヤと頷いている。

「ふうん、なるほど。目から鱗やわ。ちなみに、どういう風に慰めてあげたらええんやろか」
「ええっ?」

 どういう風にと言われても……と大貫が焦って考えている間に、才原はひょいと席を立って大貫の背後に回った。
 そのとき客席から悲鳴のような歓声が上がり、何が起こったのかと思った瞬間、大貫は後ろから抱きすくめられていた。シトラスの香りがふわりと鼻をくすぐると同時に耳元でマイクを使って囁かれる。

「……こんな感じ?」

 もはや一言も言い返せなくなってしまった大貫に代わって、瀬尾がどのようにそのコーナーを締めたのか、大貫はまったく覚えていない。
 ただ、今後、才原だけは絶対にゲストに呼んではいけないという教訓だけが深く心に刻まれたのだった。


おわり

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